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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)96号 判決

仙台市太白区郡山6丁目7番1号

原告

株式会社トーキン

代表者代表取締役

松村富廣

訴訟代理人弁理士

後藤洋介

池田憲保

山本格介

栗原聖

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

飯高勉

及川泰嘉

関口博

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成4年審判第19102号事件について、平成6年2月24日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「静電ノイズ防止装置」とする実用新案登録第1735959号考案(以下「本件考案」という。)の実用新案権者であるところ、平成4年10月9日、願書に添付した明細書を訂正することについて、訂正審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成4年審判第19102号事件として審理したうえ、平成6年2月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月4日、原告に送達された。

2  本件訂正前の実用新案登録請求の範囲(以下「原実用新案登録請求の範囲」という。)第1項の記載

分割された磁心の両端部を突き合わせてこの突き合わせた部分を固定して閉磁路を構成できるようにした磁心に、両端に前記閉磁路の内径より大なる外形を有する2つの電子機器を接続する多端子コネクタの往復信号線を1回又は複数回前記閉磁路を貫通せしめるようにした多端子コネクタケーブルの静電ノイズ防止装置。

3  審決の理由

審決は、別添紙審決書写し記載のとおり、本件審判請求の要旨は、本件明細書(以下、訂正前の本件明細書を図面を含め「原明細書」という。)を、以下のとおりに訂正しようとするものであるが、下記(1)の訂正(以下「本件訂正」という。)は、実用新案登録請求の範囲に、新たに、「カバー」の態様を付加するものであり、しかも、その付加された「カバー」の態様は、原明細書から逸脱するものであって、原実用新案登録請求の範囲を変更するものであるから、実用新案法39条(平成5年法律第26号による改正前のもの、以下同じ。)2項の規定に適合せず、また、本件訂正の内容と、これを裏付けるべき明細書の考案の詳細な説明(図面を含む)の内容とが適合しておらず、明細書の記載を全体として一貫性のない不明瞭なものとしているから、同法同条1項の各号のいずれをも目的としていないとして、訂正審判の請求は成り立たないとした。

(1)  実用新案登録請求の範囲第1項を下記に訂正する(注、下線部分を加入)。

「分割された磁心の両端部を突き合わせてこの突き合わせた部分を、一体的に形成された有機樹脂製カバーで前記磁心の全周を包囲し、かつ、前記カバーの端部が互に重なり合うようにして、固定して閉磁路を構成できるようにした磁心に、両端に前記閉磁路の内径より大なる外形を有する2つの電子機器を接続する多端子コネクタの往復信号線を一回又は複数回前記閉磁路を貫通せしめるようにした多端子コネクタケーブルの静電ノイズ防止装置。」

(2)  (以下省略)

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決は、本件訂正は実用新案登録請求の範囲を変更するものであるとし(審決書4頁18行~7頁5行)、また、本件訂正は明細書の記載を全体として一貫性のない不明瞭なものとしていると判断している(同7頁7行~8頁7行)が、いずれも誤りであり、審決は違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(実用新案登録請求の範囲を変更するものとした判断の誤り)

本件訂正は、原実用新案登録請求の範囲第1項の「この突き合わせた部分を固定して」との記載を、「この突き合わせた部分を、一体的に形成された有機樹脂製カバーで前記磁心の全周を包囲し、かつ、前記カバーの端部が互に重なり合うようにして、固定して」と訂正するものであり、訂正前の「固定して」との広範な技術事項につき、固定のための手段と態様を特定したものにすぎず、実質上実用新案登録請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(1)  訂正前の技術内容においては、「突き合わせた部分」を何らかの手段で「固定」することを規定しているが、「固定」のための手段を特定しておらず、どのような固定手段も全て包含されるところ、「カバー」を用いて固定することは固定の一態様であり、さらに、「カバー」を「一体的に形成された有機樹脂製カバー」に限定し、その「カバー」による固定の態様を「前記磁心の全周を包囲し、かつ、前記カバーの端部が互に重なり合うようにして」と特定することは、訂正前の技術内容に包含される事項であり、訂正後の技術内容は、訂正前の技術内容の下位概念である。

したがって、審決が、「原実用新案登録請求の範囲における『突き合わせた部分を固定し』の記載からは、『固定』の態様が読み取れるだけであって、この記載は、『カバー』の態様を含んでいない」(審決書5頁17~20行)との認定は誤りである。

(2)  審決も認めるとおり(同6頁1~8行)、原明細書の第7図A、第7図B、第8図には、「カバー」の一態様として、幅広テープ5a、5b、5c、5dが磁心の全周を取り巻くように配置した(すなわち包囲した)構成が示されている。したがって、「カバー」が「磁心の全周を包囲する」ことは、「カバー」の態様ではなく「固定すること」の具体的技術事項の限定であり、原明細書の記載から逸脱するものではない。

審決は、本件訂正における「磁心の全周を包囲する」カバーの態様を、一義的に「磁心の円周面全体ばかりでなく両側面全体をも含む外表面全体」と解釈し、一方、原明細書に記載された「カバー」の態様は、あくまで図示された範囲のものというべきであって、上記のようなカバーの態様は、原明細書から自明に導き出されるものではないとしている(審決書6頁8~18行)。

しかしながら、本件考案における「磁心」のように中心線の回りに円周面を有するとともに、中心線に直角な両側面を有する物の円周面全体を指称するときに、「全周」との用語を用いることは普通であるから、本件訂正における「カバーが磁心の全周を包囲する」との表現は、「カバーが磁心の円周面全体を包囲する」ことを意味し、そのことが固定のために必須のことであるといっているのである。逆に、この「カバーが磁心の円周面全体を包囲する」との表現は、磁心の円周面全体を包囲するだけでなく、それに加えて「両側面を覆う」構成を積極的に排除するものではない。なぜなら、カバーが「磁心の外周面全体」を包囲することによって、すでに固定が実現されているから、これに側面を覆うことが付加されても、必須要件を満たしていることには変わりはないからである。

したがって、審決の上記判断は誤りであり、本件訂正は原実用新案登録請求の範囲を変更するものとする判断もまた誤りである。

2  取消事由2(明細書の記載を不明瞭にするものとの判断の誤り)

(1)  審決は、「(1)の訂正は、『一体的に形成された有機樹脂製カバー』を、本件考案にとって必須のものとするものである。ところが、本件考案を示すとされる図面第5図にはそのような『カバー』は記載されていないし、『第5図は本考案を装置に取付けた状態を示し』(訂正明細書第8頁第10~11行)の記載自体に曖昧なところもないのであるから、(1)の訂正は、明らかにこの図面第5図と適合していない」(審決書7頁7~15行)と認定している。

しかし、図面第5図には、そのような「カバー」の一例である幅広テープが磁心の全周を覆っている状態が示されている。すなわち、第6図の2つ割りの磁心と、その2つ割りの磁心の外周を幅広テープで包囲して固定する第7図A、第7図B、第8図の実施例を参照してみれば、第5図に記載された斜線領域が幅広テープを一部切り欠いて磁心の部分を表し、残りの白抜き部分が幅広テープを表していることは明らかである。

したがって、審決の上記認定は誤りである。

(2)  審決は、「本件考案を示すとされる図面第8図には、そのような『カバー』に相当する『5c』、『5d』等が記載されているが、それらは、磁心を固定する最終状態で一体的になるものであって、一般認識からして、『一体的に形成された』ものとはしがたいものであるから、(1)の訂正は、この図面第8図とも適合していない」(審決書7頁15行~8頁1行)と判断している。

しかし、組み立て後に、幅広テープ5c、5dは一体的になり、そこで初めて、幅広テープが磁心の全周を包囲し、しかも突き合わせた部分を固定することになるから、訂正後の技術内容と審決が認定する最終状態とは矛盾しない。

したがって、審決の上記判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  原実用新案登録請求の範囲における「突き合わせた部分を固定し」との記載からは、「固定」の態様が読み取れるだけであって、この記載は「カバー」の態様を含んでいないと認められ、審決の認定に誤りはない。

すなわち、一般に、「カバー」とは、「(ものの)おおい。おおう・もの」(三省堂「国語辞典」・乙第1号証141頁)であるし、「固定」とは、「一か所に付いて動かないこと」(同号証281頁)であって、両者は別異の意味内容を持つ等位の概念のものであるから、「カバー」を用いて固定する態様は、「カバー」と「固定」の両機能を有する態様というべきであって、一方が他方の一態様(下位概念)であるということはできないし、また、一方の「固定」から他方の「カバー」が読み取れるはずもないからである。

(2)  本件訂正における「カバーが磁心の全周を包囲する」との表現は、カバーで円周面全体を包囲するだけでなく、それに加えて「両側面を覆う」構成を積極的に排除するものでもないことは原告の認めるところであり、円周面全体のみならず両側面を覆うカバーの態様も含むものである。そして、原明細書(甲第3号証の2)の図面第7図A、第7図B、第8図には、磁心の外側の全周にわたって配置されているが、磁心の側周には配置されていない幅広テープ5a、5b、5c、5d等が図示されているが、それらは、あくまで図示された範囲のものというべきであり、「カバー」として意識されたものではなく、「カバー」としての展開を持つことができないものである。

したがって、審決が、「その図示された範囲から外れる前記のような“磁心の全周を包覆する”『カバー』の態様は、原明細書(図面を含む)から自明に導き出されるものではない。」(審決書6頁15行~18行)と判断したことに誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  本件訂正は、「一体的に形成された有機樹脂製カバー」を本件考案にとって必須のものとするものであるが、訂正明細書の記載と図面第5図をみれば、同図における「4」の番号が「磁心」だけを示すものであることは明らかであって、「幅広テープ」(「カバー」)までも含むものとする根拠はない。

したがって、審決が、本件訂正は第5図と適合しないと認定したことに誤りはない。

(2)  訂正明細書の記載と図面第8図をみれば、同図に示されたものにおける5c、5dの一体化については、訂正明細書(甲第2号証訂正明細書)からは、「装置を機器へ取付ける」(同6頁13~14行)時点で、「ネジ孔7を通してボルト止めして」(同6頁14~15行)なされる態様、すなわち、磁心を固定する最終状態で一体的になる態様が窺えるだけである。また、そのような態様が「一体的に形成された」ものとすると、敢えて「一体的に形成された」とする意味がなくなるものである。

したがって、審決が、図面第8図には「カバー」に相当する5c、5d等が記載されているが、それらは磁心を固定する最終状態で一体的になるものであって、一般認識からして「一体的に形成された」ものとすることはできないとし、本件訂正は第8図とも適合しないと判断したことに誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(実用新案登録請求の範囲を変更するものとした判断の誤り)について

本件訂正が、原実用新案登録請求の範囲における「突き合わせた部分を固定して」を、「突き合わせた部分を、一体的に形成された有機樹脂製カバーで前記磁心の全周を包囲し、かつ、前記カバーの端部が互に重なり合うようにして、固定して」と訂正するものであることは、当事者間に争いがない。

そこで、本件訂正によって加入された「一体的に形成された有機樹脂製カバーで前記磁心の全周を包囲し、かつ、前記カバーの端部が互に重なり合うようにして」との技術事項が、原明細書に記載されていた技術事項に包含されるものであるかどうかを検討する。

(1)  原明細書(甲第3号証の2)には、磁心の突き合わせた部分を固定する態様につき、以下の記載があることが認められる。

〈1〉 「本考案は・・・円筒状、トロイダル状、あるいは矩形状等の閉磁路を構成する2分割された磁心と、該磁心外周の一部あるいは全周にわたつて分割された幅広テープを配置し、この分割された幅広テープの一部が互いに重なり合わせて磁心を固定または挟持するように重なり部分を固着したコア保持部と、必要に応じこの保持部の底部に機器筐体に取付けられる取付け平板とを一体に構成した静電ノイズ防止装置を提供するものである。」(同3欄23~32行)

〈2〉 「第7図Aは本考案の一実施例で、フエライトあるいはモリブデンパーマロイ等で構成された2分割された一対の半円筒状磁心4a、4bの中空円40に往復信号線(図示せず)を束線して1回または数回巻回する。5aおよび5bはコア保持部を構成する分割された幅広テープを示し、ポリプレン、ゴムあるいは有機樹脂により構成されている。左右の幅広テープ5aおよび5bは一部が重なり合う部分Aを有するように構成し、磁心を組込んだ後、締めつけるように(注、原文の「よに」は「ように」の誤植と認める。)してこのA部を熱固着、あるいは接着、あるいは幅広テープの全周あるいは少なくとも重なり合う部分の一方に(注、原文の「一方の」は「一方に」の誤植と認める。)接着剤を塗布してコアを挟持する。6は本考案による装置を機器へ取付けるための台で、ネジ孔7を通してボルト止めして固定する。」(同3欄37行~4欄7行)、「第7図Bは本考案に使用する分割磁心の一方4aを取り外した状態で他方の磁心4bに往復信号線2を巻き付けた本考案を実施するための一過程を示し、上記の如く巻き付けた後図示しない他の一方の磁心4aの上下両端を他方4bの上下両端に当接しテープ5aをこれに沿つて巻き上げその先端部を一方のテープ5bに重ね合せて接着する。」(同4欄8~15行)

〈3〉 「第8図は本考案の他の実施例で、U字型およびⅠ字型磁心4c、4dを用いた矩形の閉磁路の磁心を用いたものである。この場合の幅広テープ5cおよび5dの重なり合う部分Bの固着は、幅広テープ5cおよび5dの先端にそれぞれ突起51および52をもたせ、この突起は互いに噛み合い、しかも互いに引つぱり合うように多少弾力性をもつようなテープを用いると好都合である。信号線の巻回および機器への取付けは前記と同様に行なえる。」(同4欄16~25行)

〈4〉 「なお、上記実施例では幅広テープの断面は平板状であることとしたが、第9図に示すように、左右あるいは片側に鍔5’を持たせることも有効である。」(同4欄26~29行)

以上の記載と図面第7図A、第7図B、第8図、第9図によれば、原明細書には、磁心を固定する態様として、2分割された磁心に信号線を巻回した後、磁心の端部を突き合わせて、分割された幅広テープを磁心の周囲に巻き付けて締めつけるようにし、幅広テープの重なり合う部分を固定する態様が記載されており、以上の他に、第5図には、本件考案を装置に取り付けた状態が示されているが、上記と異なる態様を示すものではなく、原明細書(図面を含む。)を全て検討しても、その他の固定する態様は記載されていないことが認められる。

すなわち、原明細書に開示された磁心を固定する態様は、(a)分割された幅広テープを用いること、(b)幅広テープは鍔があってもよいが、磁心に巻き付けることができるようにある程度の柔軟性を持つものであること、(c)磁心を突き合わせて組み立てた後にこれを固定して保持するものであることとの特徴を有するものと認められる。

(2)  これに対し、本件訂正で加入された「一体的に形成された有機樹脂製カバーで前記磁心の全周を包囲し、かつ、前記カバーの端部が互に重なり合うようにして」との技術事項のうち、「一体的に形成された有機樹脂製カバーで前記磁心の全周を包囲し」との部分は、2分割された磁心の全周を包囲するものであれば、上記(a)の分割された幅広テープだけでなく、その他の「カバー」、すなわち、三省堂「国語辞典」(乙第1号証)にも示されている「(ものの)おおい。おおう・もの」(同号証141頁)を含み、かつ、有機樹脂製カバーであれば、上記(b)のある程度の柔軟性を持つ幅広テープだけではなく、剛性の容器状のカバーでもよく、また、このような一体的に形成された剛性の容器状の有機樹脂製カバーの場合、上記(c)の磁心を突き合わせて組み立てた後にこれを固定して保持するもののほか、磁心を突き合わせて組み立てる前に、容器状カバーの中に各磁心を収納保持できる態様を含むことは、明らかである。

このように、一体的に形成された剛性の容器状の有機樹脂製カバーの場合には、磁心を突き合わせて組み立てる前に、容器状のカバーの中に各磁心を収納保持できるとの作用効果を有するものと認められるが、この固定手段及びその作用効果は、原明細書に開示されておらず、示唆されていなかった作用効果と認められる。

したがって、本件訂正は、原明細書に開示されていなかった技術事項を包含するものであり、本件訂正が実用新案登録請求の範囲を減縮するものであるとしても、実質上実用新案登録請求の範囲を変更するものであって、実用新案法39条2項の規定に適合しない不適法な訂正に該当するものといわなくてはならない。

2  以上のとおり、本件訂正は不適法な訂正であるから、これを拒絶すべきものとした審決の判断は正当であり、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成4年審判第19102号

審決

宮城県仙台市太白区郡山六丁目7番1号

請求人 株式会社トーキン

東京都港区西新橋1-4-10 第3森ビル 後藤池田特許事務所

代理人弁理士 後藤洋介

東京都港区西新橋1-4-10 第3森ビル 後藤池田特許事務所

代理人弁理士 池田憲保

東京都港区西新橋1-4-10 第三森ビル 後藤池田特許事務所

代理人弁理士 芦田坦

実用新案登録第1735959号「静電ノイズ防止装置」に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ.本件審判請求の要旨は、実用新案登録第1735959号(昭和55年3月11日実用新案登録出願、昭和63年7月11日設定登録)の明細書を本件審判請求書に添付した訂正明細書の通りに訂正しようとするものであって、具体的には以下のように訂正しようとするものである。

(1)実用新案登録請求の範囲第1項を下記に訂正する。

「1 分割された磁心の両端部を突き合わせてこの突き合わせた部分を、一体的に形成された有機樹脂製カバーで前記磁心の全周を包囲し、かつ、前記カバーの端部が互に重なり合うようにして、固定して閉磁路を構成できるようにした磁心に、両端に前記閉磁路の内径より大なる外形を有する2つの電子機器を接続する多端子コネクタの往復信号線を1回又は複数回前記閉磁路を貫通せしめるようにした多端子コネクタケーブルの静電ノイズ防止装置。」

(2)実用新案登録請求の範囲第2項及び第3項冒頭並びに明細書第3頁第11行(実公昭62-46248号公報(以下「公報」という。)第1頁第2欄第19行)「閉回路」を「閉磁路」に訂正する。

(3)実用新案登録請求の範囲第3項の末尾の「予防装置」を「防止装置」に訂正する。

(4)明細書第5頁第4行ないし第6行(公報第2頁第3欄第25行ないし第27行)「該磁心外周の一部あるいは全周にわたって分割された幅広テープを配置し、この分割された幅広テープ」を「該磁心の外側の全周にわたって一体的に形成された有機樹脂製カバーを配置し、このカバー」に訂正する。

(5)明細書第7頁第19行(公報第2頁第4欄第35行)「耐握性」を「耐振性」に訂正する。

Ⅱ.一方、平成5年9月6日付けで通知した訂正拒絶理由の概要は次のとおりである。

〈1〉(1)の訂正は、原実用新案登録請求の範囲における「突き合わせた部分を固定し」の固定態様を実質上拡張し、又は変更するものと認められるから、実用新案法第39条第2項の規定に適合していない。

〈2〉(1)の訂正は、明細書の記載全体を一貫性のない不明瞭なものとしているから、実用新案法第39条第1項各号のいずれをも目的としていない。

Ⅲ.これに対する審判請求人の主張の概要は次のとおりである。

〈1〉’(1)の訂正は、原明細書(原図面を含む)から自明に導き出せるもので原実用新案登録請求の範囲を実質上拡張、又は変更するものではない。

〈2〉’(1) の訂正は、図面第5図、第8図にも適合するもので明細書の記載全体を不明瞭なものとしていない。

Ⅳ. よって、以下検討する。

〈1〉”訂正拒絶理由の〈1〉について

(1)の訂正は、原実用新案登録請求の範囲における「突き合わせた部分を固定し」を、「突き合わせた部分を一体的に形成された有機樹脂製カバーで前記磁心の全周を包囲し、かつ、前記カバーの端部が互に重なり合うようにして、固定し」と訂正するものであって、その訂正における「磁心の全周を包囲し」、「一体的に形成された有機樹脂製カバー」の記載表現、あるいは、それら記載表現に関連する明細書の考案の詳細な説明における「磁心の外側の全周にわたって…配置し」(前記(4)の訂正による新たな記載表現)の記載表現からみて明らかなように、「固定」の態様を限定するものにとどまらず、「カバー」の態様も含めているものであり、しかも、その「カバー」の態様は、“磁心の全周を包覆する”「カバー」の態様、例えば、ケース状磁心カバー(審判請求人が参考資料として提出した平成2年審判第3174号審決における「ノイズ吸収装置」にみられるもの)を当然に含むものである。

一方、原実用新案登録請求の範囲における「突き合わせた部分を固定し」の記載からは、「固定」の態様が読み取れるだけであって、この記載は、「カバー」の態様を含んでいないというべきである。もっとも、原明細書の図面第7A図、第7B図、第8図には、磁心の外周の全周にわたって配置された(ただし、磁心の側周には配置されていない)幅広テープ「5a」、「5b」、「5c」、「5d」等が図示されていて、それらを「カバー」と表現しえないこともないから、原明細書(図面を含む)は、「カバー」の態様を含んでいるといえる。しかしながら、その「カバー」の態様は、あくまで図示された範囲のものというべきである。何故ならば、前記幅広テープ「5a」、「5b」、「5c」、「5d」等は、「カバー」として意識されたものでなく(「コア保持」部材とされるだけである)、「カバー」の態様としての展開は持ち得ないものであるからである。したがって、その図示された範囲から外れる前記のような“磁心の全周を包覆する”「カバー」の態様は、原明細書(図面を含む)から自明に導き出されるものではない。

以上を要するに、前記(1)の訂正は、原実用新案登録請求の範囲に、新たに、「カバー」の態様を付加するものであり、しかも、その付加された「カバー」の態様は、原明細書(図面を含む)から逸脱するものであるといえるから、いずれにしても、原実用新案登録請求の範囲を変更するものといわざるを得ない。

〈2〉”訂正拒絶理由の〈2〉について

(1)の訂正は、「一体的に形成された有機樹脂製カバー」を、本件考案にとって必須のものとするものである。ところが、本件考案を示すとされる図面第5図にはそのような「カバー」は記載されていないし、「第5図は本考案を装置に取付けた状態を示し」(訂正明細書第8頁第10~11行)の記載自体に曖昧なところもないのであるから、(1)の訂正は、明らかにこの図面第5図と適合していない。さらに、本件考案を示すとされる図面第8図には、そのような「カバー」に相当する「5c」、「5d」等が記載されているが、それらは、磁心を固定する最終状態で一体的になるものであって、一般認識からして、「一体的に形成された」ものとはしがたいものであるから、(1)の訂正は、この図面第8図とも適合していないというべきである。要するに、前記(1)の訂正の内容と、これを裏付けるべき明細書の考案の詳細な説明(図面を含む)の内容とが適合していないということであるから、前記(1)の訂正は、明細書の記載を全体として一貫性のない不明瞭なものとしているものといわざるを得ない。

Ⅴ、以上のとおりであるから、前記訂正拒絶理由は、これを覆えすことができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年2月24日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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